つまり最終的な結論を出してみると
つまりココまで長々と一方的に議論してきた会話の内容をまとめると、女子高生の制服は可愛いしプレイディアもセガサターンもニンテンド-64もメガドライブもPCエンジンもセガ・マーク3も皆違って、皆良いと言う事で納得いただける事だろう、個人的にはドリームキャストやメガドライブは一線を画した名機であると言わざるを得ないが、その流れを汲むとすればやはり外せないのがバーチャルボーイではないだろうか?国内でも発売されたタイトル数は3桁に届かない(というか20本前後しか発売されていない)なかなかの地雷作品ではあるもののそのコンセプトデザインと1995年にして既に3Dを新基軸として打ち出そうとしていた任天堂の戦略スタイルはなかなか逸材である。
援助交際は援助交際であり
盛大に話がズレてしまったがつまり要するに逆援助交際には逆援助交際の良い所があり、無いものを無いと嘆いた所で無いものは無いのだからしかたが無い。具体的には逆援助交際を行う両名の間に通うはずの情愛にもにた恋愛的な感情が逆援助交際交際には皆無であり、YUKICHIによってのみ保たれるその関係性はどうにも味気ないものであるが、しかし逆援助交際によって救われている者も居る事を考えればYUKICHIを生け贄に捧げるだけで心の安寧と安息が得られるのであれば安いものではないだろうか?そもそも貨幣価値ほど人によって(正確には経済状況によって)大きく価値が変動するものも無いのかもしれない、財布を忘れた日の千円札のなんと重きことだろう。
逆援助交際は逆援助交際と言う事だな?
結局、最終的にはこうなってしまうのだな、援助交際にも逆援助交際にもそれぞれ求められているものは違っても最終的にきつくところはYUKICHI、つまりは利益である。この世界においての金とはすなわち力であり、こと日本において金の力はまさにあればあるだけチート級の強さを誇る(ハト、汚沢、カンチョクト、東京電力株式会社などを想像していただくとわかりやすいだろう、彼らが安全と言えば安全でありただちに健康に影響が出るものではないのである、朱に交われば赤くなるどころか血のような真っ黒だった訳だ。)